テレビ番組で、30代のIT業界の方、社会学者数名が、

「aiは人知を超えるか」の議論をしておりまして、僕がものすごく嫌悪感を抱いたために、きもちと健康についてお伝えしたいと思います。

この番組が専門家の対談や目線で、良い大人がまるで内輪話のように、それを観ている人の立場を考えずにお互いの情報を所有していうことの確認と、視聴者が見えずに話をしていることで、そもそもあなた方は、思考をAIに置き換わることを伝えているが、意識や、あなた方が他者にどう受け取られているか、わからないということを、あなたは気づいていないということでした。

これでは、AIの前に、人間がAI化する方が早いと僕は察してしまいました。

AIは、もっと深い意識、潜在意識、直感。つまり、言葉に出さないけれども、全員が感じたこと、思うこと、みんなわかっているけれども、あえて言わない、など「場の空気や同調」がとても難しいのではないかと思っているからです。

僕は、その場の空気や暗黙のルールを理解することと、理解した上でどうするか、がテーマで、ずっと考えています。

・自分の健康問題

「現代、他者に察したり、発信したりするコミュニケーションの能力が、ここ数年で劣化し、こころを伝える言葉の繊細さを失い、言葉やテキストなど可視化するモノへの依存が増えていないか。1000年2000年前、古代の人類の方が、繊細だったのではないかと思います。」

最近、ずっと考えるきっかけは、かつての僕の健康問題があります。

30後半から一気に体調が崩れていき、今となっては「原因がよくわかった。」からです。

4-5年前、30代後半の自分は、午後になると猛烈に倦怠感がおこり、考えることができないぐらい、ぼーっとする、力が抜ける問題がありました。

検査をおこない、テストステロン(男性ホルモンの一種)が生成されておらず、原因が特定できない。体重が大幅に増加し(172cmの平均が67-8キロ)、70キロ後半になろうとしたところを、毎月一回、自己生成を止める諸刃の剣の可能性があるが、テストステロンの注射を打つこと、そして、今考えれば危険でしたが、毎日豆腐を食べ、ウォーキングを徹底して、58キロまで落としました。

それでも、健康診断では「優良」であるものの、倦怠感がひどく、再度検査をして、いきづまった僕は、最後、仕事を抑えました。

ヤケクソでしたが、仕事を減らすとともに、好きな車を買い、全国を回り、午後は車中で休む。ゆっくりした時間をすごしたのは結果として良かったです。

ジムに週3日通い筋肉づくり、ランニングを徹底して60-65キロ、体脂肪も12%を維持して、今でも頑張ってはいます。余談ですが、お腹が割れるぐらいになると、それが目的ではないので、休みます。

 

・自分を分析する。

今の自分が当時の自分を振り返ると、「まるでゆめのよう」で、色々な出来事が走馬灯のように思い出します。

一方、この倦怠感は、自分を守るために本当に良かったと感じています。

今だからわかる「倦怠感」をなおしたことは

健康診断の結果で、ストレスに猛烈につよいとの指摘を受け、自分が自分に違和を覚えたことがありました。コルチゾール(ストレスに対する耐性)

自分は社長でもあり、クリエイターでもあり、会社には社員がいて、給料を払わなくてはいけないプレッシャー、社員に家族がいたら。かつて借金が沢山あったときに、鉄道に飛び込みたいと思うこともありました。

それゆえに、僕は、冷たくなったのか?強くなったのか?

ずっと考えて、考えて、乗り越えたことと、よくできたな!とも思えますし、ストレスに強いことは必然だったのだとも言えます。

でも、今の自分が当時を考えるのは別の理由があったと分析しています。

 

・ダメなことも、良いことも必然

冷徹に考え抜いて分析をして、どうにか乗り切る。そのためには、感情に打たれないこと。僕が苦手だと思っていた会社経営を15年できたのはそのためと思いましたが、

一方、ストレスを感じない体こそ問題で、「言葉にできない想い」「考えることよりも、下位にあり、自分では言葉にできずに、わからない意識」は傷ついているのです。

(例えば)上記の(自分だから15年続いたという)発言をおこなったとして、

「あなただけの力で15年やっているのではないのですよ」と、社員や多数の中でいう者に、「そうですよ」というその場の同調が増え、

自分は「すみませんでした。」と言わせられる、今考えれば(雇われた社長のような立場で)、その場のルールができあがり、僕の立場が低かったと回想しています。

誰にでもいい人ではないといけない、という、自分の気持ちに問題があったことと

社長は孤独と言われるわけでもあります。

ところが、今の自分でしたら、

「ということを、(たとえ、そうだとしても、指摘をするにしても)社員がいる中で伝えるあなたと、それに同調するあなた方は相当あざといですね。」とスグに怒る、返答をするのですが。

当時、感情が「反応しなく」て、すぐに返答しなかった、つまり

「反応をしても、返す言葉が見つからないか、遅い」ことが大きな問題で

これが、僕の凸凹=アルペルガーとされることでもあり、

言っても怒らないであろう、とか、何を考えているかわからない、と、されていたと思います。

「打たれない自分の心」は、「抑うつ」になる自分を守ってくれたとも言えますが、こころの奥底を言えずに、怒らずに、伝えずにいたことは、大きな問題でした。

そして、もっと自分の深層心理には、

「本当は、とっくに自分が察してしまって、其々の人の利己的な思い、自分が、他者に察する、気づいたことを伝えると、これまでの関係性が崩れて、全ての関係が終わってしまう。」

今の自分からすると、この無意識が自分を支配していると気づいています。

 

・はなす健康、場所をたくさん作る、自分と価値観の近い人と。

今考えれば、倦怠感は二次障害であり、これが進むと、僕は「うつ病」を引き起こしたとされています。ところが、ギリギリを乗り越えたのは

・何かあると、身近に相談ができる相手がいること。医師の後藤先生、臨床心理士の三宅先生、専門家の方に出会えたこと。

・当時、テレビ番組のドキュメンタリ出演によって、医師が分析をしていただいたこと。テレビのスタッフの方々も問題に気づいていたと、今の自分は気づきます。

・会社の中も見てくださった地元の仲間、経営者友達

・この状況をはっきり指摘してくれる方、たくさんの方と公私にわたってお付き合いができたこと。

・好きな車を買って、思い存分、外の空気を吸ったこと。

・株主の会社や、コンサルや、お手伝いも含めて社外の活動をおこなって、問題に気づいたこと。

自分は、本当に信頼をしてくださったり、信頼できる先輩や仲間に助けられて、乗り切ることができました。それは、立場を超えて、「僕に厳しいことを本気で言ってくれた、本気で泣いてくれた、笑ってくれた、引き出してくれたこと」ことです。

僕は、自分が思うこと、感じることのセンサーが閉じていたことと、そのことを気づくことで解決をしました。

 

・「30代の問題」

人は、考えること以上に「思うこと」「感じること」が優先度たかく、言葉にできない「想い」があります。この「想い」を自然とその場にいる人とつながって、アイコンタクトも、口調も、表情も、たくさんの非言語のやり取りをしますが、

この理由付けが難しい。飛躍しますが、CDとアナログレコードで、なぜ音質が違うのか、と同じように、

「言語で抜け落ちている行間」「レコードでいうならば、一見無駄とされるノイズ」を読むのか、察することに対して、音痴になっている気がしています。

僕は、「一生懸命考えても、心に感じる自分の本意にはかなわない。」「あいてに、たとえ言葉でも、文字で伝えたとことで、通じない。」けれども、何か通じたり同じ志になったり、気持ちは理屈ではない心のセンサーと思っています。

前向きに、健康で生きること。食べ物、運動、環境・・・もっと大切なのは、心の感受性ではないかと考えています。

僕が、先の恐ろしいと感じることがあって、「自分の感受性に正直になると、そのままのスタイルを周囲に伝えると、これまでの周囲との関係性が崩れるかもしれない。」

今、僕が努力していること、心理カウンセラーの方から学んだことですが、

「あいてから察したこと」に対し、

あいてに感じる「こころ」をすぐに繊細な言葉にして、見つけることです。

その上で、「こたえをいわずに」補正や希望をつたえることではないか。

こころのキャッチボールが苦手な方は、言葉や言語に依存しすぎる。

察して、関連づけるなにか、なんとか言葉の数で伝えられないか。

そのようなことを考えています。

感じるセンサーとは、偶発的、不要なノイズを取得できる人間の非効率な能力であり、時には直感力になる。そんな意味のない情緒的なことはAIにできないのです。

もしできるというのであれば、それはできるという者が感情がないのだと思います。