昨日、家族と話をして、はじめてしっくり来たことがあった。
僕も、心の奥底を、素直に言えることも、
「歳を取ったこと」
「老いた父に感謝していることと」
「多くの人に伝えたい」気持ちがある。

高校生と中学生を持つ、父親としての僕は、今の時代と逆行して、何もしない父だと思う。
せめて、生活費というか、人並み以上に稼ぎ、成果を出さないとまずいと思っていて、かろうじて自負するのは、
社会人になって、僕は普通の人並み以上、稼いできたのかなと考えている。

父となって、あまり考えていないようで、

ひとつだけ「しっかり考えていた」のは
理想とする、父とは何か?だった。

僕の育ての父は、働き者で、仕事に関して、まじめで、起きている時間に
会うことはなかった。

晩御飯を一家でともにすることも、ほぼなかったと思っている。

昭和な時代。

とにかく働けばお金になったし
僕らを育てるために、自分たちの苦労したこと、教育をうけてこなかったことへのコンプレックスもあり
「エアコンのある職場で、子供たちが働けるように。」

父の口癖でもあり、その思いが、僕に伝わっていた。

 

バブル期に給料が、大台(1,000万円を超えると)、父は大喜びだった。

僕に対する教育に集中していたことも覚えているし
過熱して、母が教育する自分に対して、心配で話をかけてくれたのも、父親だ。

いまでも覚えている。

両親は、お金で苦しんだことが2回。
借金があり、母が僕ら二人の子供を、自転車に乗せて、銀行を回ったことをとても覚えている。
その時期を過ぎて、その苦労をみて、育ての父は頑張って、家庭は豊かになった。

僕は、親の苦労を見て、それゆえの期待を痛いほどわかったし、
高校生のころ、父の職場でアルバイトをして
父の真面目に働く姿をみて、本当にそう思った。

でも、同じぐらい、

両親の苦労と、親から見た子供に対する期待がとても大きいことは、とても負担でもあった。
特殊な地域、環境、境遇。

経験しないとわからない。

今までは、言うこともできなかった。それは

バブルがはじけると、いろいろな歯車が狂った。
「借金取りから催促や、電話がくる。」
メールがない時代でよかったのかもしれない。若かったから良かったのかもしれない。

僕は、この経験を伝えることが、できなくて
また、演歌歌手のように、過去の苦しい話を、漫談のように

自分は子供の頃苦労しましたと、伝えることも
いやらしくて、一切言わなかった。
けれども、自分も当時の親と同じ年齢になり
人というのは、どんなに考えても、来る問題やトラブルは避けられない
とも思えるし、悪いとわかってはいても
人の気持ちは狂おしくも刹那でもある。本当にわかる。

最後は理性や、左脳でもあり、自分の人となりとも思う。

僕は、育った地域や環境の影響もあり、

感情や思いは「刹那的」でもあり、衝動的な失敗が連続して、あたりまえな常識となり、人生が狂った人をたくさん見ている。

「誤った経験をすると、その経験を知ってしまったことで、中毒な思考となり補正できない。」

「社会常識から逸脱したことが、普通になると、普通にもどれない。」

僕のシニカルな考えの根源は、これだ。

僕の会社でも、何かおかしいとか、怪しいと誰よりも早く見つけて
自分で問題を解決するのは、

多くの人は間違いを衝動や情動で、その場当たり的な解決をしてしまう。

これでは火だるまになる。
変わらない日常は、絶対にない。
「豊かだったり、幸せと思ったら、殺されると思え。」
安心したら、すべて終わりだ。と思う病的な僕の経験がある。

苦しくても、悶々と感情があっても、考え抜くこと。

考えることで、最悪の連鎖は避けられる。

「最後は、徹底的に論理的になる。分析をする。紙に書く。」

お金がないと、所属する会社がないと、人の評価も失うこと
は、とっくの昔に知っていて、結局自己責任だ。

僕は、育った環境で、本当に最低最悪な、麻雀放浪記のような映画のことはすごくよく知っている。

それでも、自分の根源には、お金がなくて公園の雑草を食べてでも、工夫をして、春の野草を考えて、天ぷらにするとか、前向きに楽しく生き抜く経験がある。

 

最近、今まで嫌だったことをはっきり言うと、
「クリエイターとして、南雲社長が好きなことをすることが、業績につながるのですよ。」
「たまには、家に帰って、子育てしたほうが良いですよ。」
と、分かったかのように、言われると、表面的に、
「そうですね、自分はクリエイターですし、それに最適化してますから。ニタっ」
と伝えつつ、内心、
「てめぇー、お前らには、家族も、子供も育てたことももないのに、自己破産も子供の時に経験していなくて、親の金で大学に行ったのに
何わかったこと言ってるんだ。ぶっ、Xす!」と思う、
二重人格な面は、ここにあるし(と思っていることを始めていったな)

僕の仕事に対する厳しさや、褒められても、褒めれないことは
育った地域・環境の苦しさがあるのだと思う。
たぶん、橋下知事と同じ境遇だったに違いない。

ここまで言えばわかると思う。

よく、自分は自分らしくとか、理想的な自分、とか、人生一回好きなことを、欲望だけの人を聞くと
「お前の生き方ではなくて、周りの人、自分の後世のためじゃないか。」
「地獄に落ちるぞ、人のために生きるんだ、そのようなことを、わかったように口に出すな。」
と本当は思っている。

そして、自分自身が辛いとか、楽しいではなくて、

人のために、稼いで困らないように周囲のために生きることであり、大人になって自分の中心的な思考で、自分が苦しいとか、楽しいっていう大人は、本当に情けないとも思う。

僕は、最悪を知っていて、悲壮感があると思われるけれども、
かつて経験したこと、最悪を知っているから、前向きだし、本当の喜びもわかっている。

僕は、よい面にも救われている。

どん底を知っているからこそ、大人になって、仕事でたくさん活躍が出来たことは本当に幸運だった。幾つかのヒットにつながることができた。

親の遺伝、教育、愛情はもちろん、育った環境、苦労のおかげだと思っている。

 

「イクメン」とか、男が家庭に参加して、と聞くと、甘ったれてふざけるなと考えている。

一家の肥し、会社の肥し。お金を稼ぐことがどれだけ大変か。

僕は、生きるか死ぬかに関わるぐらいの問題になった際には、

冷酷とも非常にも生きるための判断をする。男には必要で、愛だの優しさに溺れる甘さは全くない。僕は、本当に非情だ。

 

僕が思うことは、男親というのは、子供の理想的な、”象徴”であれと思う。

イクメンとは、誰が言ったのか知らないけれども、最低・最悪なことで
父権を失い、母と何ら変わらない、最終決断を避けて、表層的ないい人だと考えてる。

僕の理想とする父。育ての父はもちろん、
僕は、よくわからないけれども、男として、あこがれる存在ではないか。
心の奥底の、理念というのか、こうあるべき、憲法。

みっともないことをするな、とか、

「裏も表も、世の中の無情も、建前も」大人の世界を伝えること。
そのように考えている。

これができていないから、男たるものが、責任を負わずに、すぐに折れるのではないか。

そして、僕の場合、

小学校の時に、自分の興味あることをたくさん知っていて、教えてくれる、あこがれる人というのは、坂本龍一さんや、糸井重里さんであり
知的好奇心をみたすようなこと。
小学生の僕が、深夜ラジオや、図書館に行かないとわからないけれども
興味津々なことを伝えてくれていた。

母親は、生活全般の細かい指導をするもの。
父親は、社会全般の裏と表を伝えるもの。
このようにおもう。

僕は、父に期待をしていたこと。
音楽も、コンピュータも、趣味も、プラモデルも
英語の勉強も、音楽も、世の中のいろいろ経験したことを教えてもらいたかった。
僕がわからない、大人の問題や社会、世界のことをもっともっと知りたかった。
宗教も、学生運動も、労働争議も、目に見えない、社会に渦巻く
問題を、聞きたかった。

僕は、考えてはいないけれども、

僕が利己的に思う理想の父親として、
雑学王なのか、シュールな世の中の事?
洋楽も、アマチュア無線、インターネット、音楽も、ハングルに興味を持てば
韓国に連れて行ったり、いろいろなことを
教えようとするのではなくて、
ただただ、その場所に、機会を置いておいたともいえるし

僕も一緒に楽しんだ。
質問されれば、答えただけに過ぎないし、面白かった。

興味持ったことは、すべてやらせて
多くの親であれば、見えないようにしたり、やらせないことでも
そのまま、見せていた。

僕は、現代の「イクメン」としては、最低の父かもしれないけれども、
僕が求めていた、理想の父親。よくわからないけれども
雑学王で、いろいろなことが物知りで
変なことにこだわって、教えていたのだと考える。

理想を追求するけれども、気持ちに裏と表があり・・・。

 

その、僕の本当の気持ちや、心を読みぬいているのは

息子や娘かもしれない。
それは、子供と自分が、子供に対して兄のように、接したこと。

父権を喪失しているかもしれないけれども、これだけは、しっかりできたかなと思っている。
会社でも社会でも見せてこなかった、僕に近い人でも、長い時間一緒だったとしてもわからない
一面や、繊細さ、子供たちは、、しっかり見ているのだなと
そのままの自分こそ、父親像なのだなと
言葉にも、何にも表現できない、理念がすべて伝わる。

そのように考えています。

 

僕は、父親として足りないところが多いと思いますが、

この父親だから、よいことが一つあった。

そのように思われたいと考えています。