茄子がとてもとても大好きで、僕の茄子好きを知っているんだなぁって思うと、ポロリ涙が出ます。

大好きなのだけれども、なぜなのかはよく分かりませんでした。

好きなものってのは、好きすぎて、品名も原産地もウンチクはまるでなくなります。その必要はなくて、「だって好きなのですもの。」

好きなものは「茄子」と「チョコレート」

最近甘いものを解禁しましたが、僕が全く編集できない僕のwikiに茄子を加えたいです。

ベジタリアンなんて高尚ではないのですが、野菜でお腹いっぱいはとても幸せですが、1つ後悔することがあります。

それは

「お酒」

最初の一口二口がとても美味しくて、それ以上は惰性です。って言い切れるぐらい。

おいしい料理には、適度なお酒。

飲みすぎて、

美味しい野菜、特に茄子が出ると「美味しさを受け止められない」と後悔します。やっちまった、せっかくなのに飲んだお酒を質量保存の法則で戻したい。

料理とお酒のウンチクは、死ぬまで自分が知らないでおこうと思うぐらい、素人で良い。

「折戸茄子」

とても大好きなお店があって、知人や仲間と一緒にくる、そして、自分だけでもお忍びなお店があります。
本当はすぐにいただくのがマナーですが僕は、ご飯を食べながら、朝食以外は、家でも外食でもスマホは絶対しません。あたりまえですが、メールもしません。電話もマナーモードで無視します。

それでも、ごめんなさい「インスタ」にアップいたします。ごめんなさい。とするのは相当。

この時こそ、インドアでネチネチな自分もリア充をアピールする絶好な機会です。

極貧生活な頃に近所の仲間に助けられて、天ぷら粉やら食材の提供をしてもらったり、初代プレステの質入れで飢えを耐えたことがありました。
広葉樹はたべれる、キク科は春菊が食べれるから、タンポポも食べれる。サバイバル生活の中で、とにかく天ぷらにすればお腹に入る。とはいえ、人々が食べないものは、マズいということも分かりましたが。

マルシンハンバーグの賞味期限ギリギリ、カレーのレトルトパック、毎日同じインスタントラーメンならば、塩味のサッポロ一番。ぺんぺん草が苦いとか。

大きな公園の近くに住んでいて、先輩後輩にお恵みいただいたこと、夜中に公園で焼肉をした大昔を思い出して、最後に残った茄子を、水道よりも先に、止められなかった電気コンロで焼いたことを思い出しました。

そんなに貧しくもない時代に、辛うじてシンセはキープしていたけど、三度の飯より音楽なころ。

茄子はセコい。

薄さ1.0mm以内の皮が、無味な全体の支配をしている。歯ごたえは重くて、薄い皮に苦味も、歯ぎしりのような、滑るような滑らない歯ごたえ。表面の鏡面加工のようなテカリと硬さ。

茄子の皮が全てを支配している。

セコイなー

茄子好きをフラッシュバックしました。